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2015年12月22日

ビールの歴史(中世)

中世のビールの位置づけ

8世紀後半にカール大帝がゲルマン民族の大移動で混乱した西ヨーロッパを統一し、征服した土地に教会や修道院を建ててキリスト教を広めました。

このときに定められた荘園令により、荘園や修道院にはワインまたはビールの醸造が義務づけられたのです。

これにより、ビールはワインと並ぶ地位を得ました。

修道院では巡礼や断食修行者への栄養補給にビールが重宝され、「液体のパン」と呼ばれました。

中世のビールの役割

中世のビールは、ハーブを組み合わせた「グルート」によって腐敗防止と香味付けがされていました。

この頃のビールは、栄養補給や医療にも利用されていたようです。

ビールの製法は秘密とされていて、製造には施政者による「グルート権」という許可が必要でした。

この利権を守るために、ホップの利用は禁止されていましたが、ハンザ同盟でビールの輸出が増えたハンブルグなどの都市を中心にホップが使用されるようになりました。

13世紀には、修道院のグルートビールと都市のホップビールの間で激しい競争を巻き起こすほどでした。

中世のビールの移り変わり

しかし、ホップは抗菌・清澄作用に優れるため、ビールの品質が飛躍的に向上することがわかり、次第にホップの使用が主流になっていきました。

大航海時代には、腐りやすい水の代わりにビールを飲料として船に積む習慣があり、アメリカ大陸を発見したことで有名なメイフラワー号には、400樽ものビールが積み込まれていたそうです。

ビール純粋令が制定されたのもこの中世なのです。

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